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諫早建設の日常酒井ブログ

2020/08/31

音楽

TVを観て、不覚にも涙してしまった。

「ろうを生きる~難聴を生きる~吹奏楽に青春をささげる“難聴の高校生”」

 

ある女子高校生が難聴であるにも拘わらず吹奏楽部で頑張っている姿を追っていた。

彼女は中学の時に吹奏楽部に入ったのだけれど、その後徐々に聴力が失われて、高校3年生の今ではほとんど聞こえない。

しかし、にも拘らず、彼女は頭に振動で音を感知できる器具を埋め込んで、音楽を続けている。

実際にナマの音がちゃんと聴こえないのにどういう世界の中で音楽を愉しんでいるのか、私には全く分からない。

が、それは徒ならぬことなのであろう、ことだけは容易に想像ができる。

しかも激しい動きを伴うドリルまで他のメンバーと全く遜色なくこなしてしまっている。

 

いつもいつも本当に不思議に思うのだけど、どうしてこういう人は強いのだろう。

多分、それまでにはきっと涙したり絶望したりもしたハズなのに、カメラが追う彼女は飽くまでも明るく前向き。

常に「できない」ではなくて「どうしたらできるのだろう」と、考えている。

例えば指揮者の指揮台の上に専用のマイクを置かせてもらったりして。

とてもじゃあないが私には真似できない。

実はその少し前に同じくTVで京都アニメーション制作の「聲の形」を観たばっかりだったので、更にインパクトも大きかった。

 

随分昔、もう45年も前になるけど、私も地元の江東区で小さな吹奏楽のバンドを組んで遊んでいた。

ご多分に漏れず、「自分たちの演奏を誰かに聴いてもらいたい!」という欲求で、区内の母子家庭の寮に押しかけて行って何曲か演奏したことがある。

演奏終了後、良くある「楽器に触ってみよう!」的なコーナーで、一人の女の子がバスドラム(大太鼓)を叩いてもらいながら、太鼓に耳をくっつけて何か言ってる。

良く聞いてみると

「聴こえる、聴こえる!」と、嬉しそうにつぶやいている。

その時はそれだけの事だったのだけれど、今更ながらにその時の光景が彼女と重なった。

 

「耳が聞こえない=音楽の愉しさが分からない」ではなくて、奇しくも番組の中で彼女が最後に言っていた

「音楽の愉しさを一人でも多くの人に伝え」ることができたらどんなに素敵だろう。

 

今の私は完全に中学から大学にかけての吹奏楽~オーケストラの音楽の愉しみの上に立っている。

妻も大学のオーケストラの後輩だ、ということは置いておいても、私の生活の中で音楽がない、ということは想像もできない。

 

私の涙も「同情の涙」では彼女にとっては何の意味もないし、ましてや失礼だろう。

私も、仕事を離れたら絶対に手話を勉強して、少しでも耳の不自由な人たちのお手伝いができるように、更には彼女のように「音楽の愉しさを(耳の聞こえない人たちにも)少しでも伝えられる」ようなことができたらどんなに素敵だろう、と思う。

彼女のように強い「決意」をもって、それを達成したときにこそ改めて涙を流したいものだ。