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諫早建設の日常酒井ブログ

2021/12/30

桑田佳祐

桑田佳祐(サザンオールスターズ)である。

 

 

サザンのデビューは私が大学2年生の時。

 

正に青春(ああ恥ずかしい!)真っただ中。

 

当時は所謂「歌謡曲」の全盛期で、アイドルやグループなどが入り乱れてランキングを競っていた。

 

その中の一つが草創期の「ザ・ベストテン」。

 

黒柳徹子と久米宏との息の合った軽妙な掛け合いが人気で、当時の歌謡曲番組の中でも群を抜いていた。(と、思う)

 

ウリ!は「ナマ放送」。

 

だから、出演者もどこに居ても、場合に依ってはコンサート中にでも割り込んで出演していた。

 

中で異彩を放っていたのが桑田佳祐(サザンオールスターズ)。

 

メジャーデビューの「勝手にシンドバッド」が番組に登場するや、桑田佳祐のキャラクターも相俟って、その演出の過激さは増すばかり。

 

ある時は露天風呂に入りながら歌ったり・・・・・。

 

で、当時は「勝手にシンドバッド」の曲想とも相俟って、殆どの人が「一発屋」、「色物」としか見てはいなかった。

 

だけど、実はウチの大学のオーケストラの中では

「このグループ、もしかするとちょっとヤバイ(素晴らしい)んじゃあないの!?」

的に評価するメンバーも多くて、私も知らず知らずのウチになんとなく注目するようになっていった。

 

今では完全なスタンダード、と言うか、むしろ大人しいくらいの曲想だけど、当時「勝手にシンドバッド」は世の中の意表を突くような曲だった。

 

まあ、比べるのもナンだけれど、クラシックの世界で言えば、それまでのガチガチの正統派主流の世界にいきなりストラヴィンスキーが「春の祭典」で殴り込みを懸けたようなもの。

 

だけど、結局その「春の祭典」も現代ではむしろスタンダードになってしまって、むしろ「大人しい」くらいの曲に収まってしまっている。

 

桑田佳祐(サザンオールスターズ)もそういう意味では、当時の「正しい」歌謡曲からは完全に「はみ出した」、新たなジャンルを切り開いたと、言っても過言ではない。

 

今では当たり前の、「曲が先にできて、それに歌詞を乗せる」という曲作りのスタイルも桑田佳祐が確立させた、と、言っても過言ではない。

 

ある意味、「イージーリスニング」的な、よーく聴くと意味不明、と、言うか、しっちゃかめっちゃかな歌詞に聞こえるのだけれど、曲に乗せると何となく心地イイ、というか自然と口ずさめる。

 

で、もっとよーーーーく聴くと意味深な内容の歌詞になっている。

という、結構な奥深さもある。

 

桑田佳祐(サザンオールスターズ)が、「一発屋」でも「色物」でもない、「真の実力派」と認識されたのは、多分「愛しのエリー」からではなかったか。

 

当時、この曲が世に出る前には件(くだん)の「ザ・ベストテン」では、桑田佳祐が毎週毎週、「新曲に悩んでいる!」体でのた打ち回る姿を映し出していたのを何故か良く記憶している。

 

「愛しのエリー」以降は曲想も落ち着いて、一方で世の中が桑田佳祐(サザンオールスターズ)の曲に慣れて来たこともあって、ヒット曲を連発するようになった。

 

ただ、桑田佳祐(サザンオールスターズ)の基本線はアルバム制作。

 

一時は半年ほどもアルバム制作に没頭して、テレビへの露出が全く無くなった時期もあった。

 

ちょうどこの頃、私もサザンの新しいアルバムが出るのを心待ちにして、夢中で聴いていた。

 

その桑田佳祐ももうデビューから40年余り。

本人もとっくに還暦を超えている。

 

昔、私が子供の頃の「紅白歌合戦」と言えば、トリは村田英雄か三波春夫、美空ひばりか都はるみ、と、言う感じで、要は若者(私の事)は全く興味がなくて、年寄ばっかりが見るような番組だった。

 

が、桑田佳祐(サザンオールスターズ)は齢60を超えても全く変わらず若者にも絶賛されるような曲を書き続け、最近では「紅白」なんて目じゃない、とばかりに、「独り紅白歌合戦」などを企画して、その完成度もメチャクチャ高い。

 

今の若い歌手(ジジイでスミマセン!)で40年後に生き残り、且つ、その時代の先端を行くような曲を造り続けているミュージシャンがどれだけ居るか。

 

そう考えると、桑田佳祐(サザンオールスターズ)の偉大さが益々際立ってくる。

 

と、言うワケで皆様どうか良いお年をお迎えください!