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諫早建設の日常酒井ブログ

2022/02/15

私をスキーに連れてって

「私をスキーに連れてって」

 

 

映画で、ある。

激しくご存知の方は大体私の年代前後10歳くらいであろうか。

 

先日、BSで放送していたので、思わず録画してしまった。

 

この映画、原田知世主演で、彼女の素朴な可愛さ爆発!で、一時代を席捲した。

 

知っている人は知っている、あの原田知世が「ばーーん!」というピストルを撃つポーズも随分と流行った?もの。

 

我々のような「形」から入る草スキーヤーは映画の中の仕草を真似た。

 

まずはポールを使わないでビンディングを外す。

反対側の板で踏むのは直ぐできるのだけれど、足首をキュッキュッと捻って外すのはなかなかできない。

 

次は両足一緒にビンディングを踏み込んで板を履く。

これはまあ、難しくて何回遣ってもできない。

 

映画の舞台となった志賀高原の横手山最上部の寺子屋スキー場へ行くリフトは余りに急角度のため、スキーを履いたままでは乗ることが出来ず、わざわざスキーを脱いで、小脇に抱えて乗る、という、多分日本で唯一のリフトではないかと思う。

 

因みにそこからツアーコースで万座温泉スキー場に行くなんざあ、まあ、映画だから成り立つのだろうけど、初級者に毛が生えた程度のスキーヤーが、しかも陽が完全に落ちた中でぶっ飛ばして行く、というのはいくら照明を背負っているとは言え、すえったいにムリ!

 

てなツッコミを入れながらも、華麗な滑りにも憧れて、当時は何回も観てしまった。

今、観返しても愉しかった当時のスキーシーンを思い出しながら、ワクワクしてしまう。

 

考えてみれば、映画の当時私はちょうど30歳。

当時、1月~2月のシーズンには「毎週のように」、ではなくて完全に「毎週」スキー場に通っていた。

 

更に私の当時の勤め先はアパレルメーカーで、定住日は水曜日が中心。

なので、「毎週」水~木、場合に依っては火~木でスキー場に通っていた。

 

スキーブームの真っただ中ではあったけれど、サスガに平日は空いている。

だからリフトにも殆ど並ばずに乗ることができた。

 

シーズンに依っては八方尾根のペンションにずーーーっと板と靴を置きっぱなしだったこともある。

 

こうなるともう毎週スキー場に通うのが「義務」のようなもの。

妻と子供は放っておいて、よくもまあ通ったものだ。

 

ただ、ひとつ、言って置かなければならないのは、私達のスキー行には一切の異性の影は無かった、と、いうこと。

 

女性が混ざると「寒い」とか「疲れた」とか「コワイ」とか「お茶」とかで実に面倒くさい。(カド立つなあ)

 

例えば八方尾根だといつも同じ宿だったので、朝7時発のあずさに乗って、11時には宿に到着、11時半にはリフトに乗っている。

帰りは予めタクシーを呼んでおいてもらって、30分前まで滑りまくっている。

 

あーあの頃は本当に愉しかった!

冬の2か月間だけを愉しみに仕事をしていたような気がする。

また雪山に行きたいような気もするけど、もうきっと全く滑れないんだろうなあ。