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諫早建設の日常酒井ブログ

2022/05/30

究極のアンサンブル

 

 

つい先日のNHKテレビ「クラシック音楽館」。

 

久々に興奮した。

 

と、云うか、正確に言えば鳥肌が立った。

 

「第九」である。

 

しかも「指揮者ナシ!」である。

 

新聞のTV欄を見た時には

 

「どうせ色物だろ」

 

くらいにしか思っていなかったので、当日、その時間になっても特に観る気もなく、他の番組を観ていた。

 

で、途中で何となくチャンネルを合わせてしまったらそこからもう動けなくなってしまった。

 

本当に指揮者ナシで「真面目に」第九を演っている。

 

ビックリしましたねえ。

 

余りの「暴挙?」に開いた口が塞がらない、というか、しばらくはあっけに取られてしまった。

 

 

「究極のアンサンブル」

 

と、銘打っている通り、編成は本当に「第九」を演るには最低限の人数。

 

当然、管楽器は記譜以下に減らすことはできないのだけれど、弦楽器は通常の半分以下の人数。

 

そうすると、どういうことが起こるかと言うと、普段の演奏では聞こえない音が沢山沢山聞こえてくる。

 

これは愉しかったですねえ。

 

特に管楽器の2ndの動きとか、普段は弦楽器に被されて全く聴こえないようなオーボエの音なども面白いように良く聞こえる。

 

管楽器だけではなくて、弦楽器も「弦楽器」や「ヴァイオリン」などという「カタマリ」ではなくて、一本一本、一人一人のプレイヤーの「音」が手に取るように聴こえる。

 

これにはタマゲタ!というか新鮮な驚きだった。

 

ずっと前に大学オケの後輩のコンサートに行った時、ブラームスの交響曲第一番を今回のような最低限の人数(この場合はそういう人数のオケだったので、「万止むを得ず」だったのだけれど)で演っていて、その時にもその透明感、というかイイ意味での「音の薄さ」に感心して帰ってきた。

 

これも以前、このブログで書いたことだけれど、メーター指揮のイスラエルフィルのコンサートに行った時、通常の編成よりもかなり少ない編成の弦楽器群に「大丈夫?」と、思っていたら、アインザッツやピッチがピッタリと合うことに依って、見た目を遥かに凌ぐ「大音量」となって迫ってきたのにタマゲタ!のだけれど、今回は「指揮者ナシ」と、いうことで、やはり多少のズレなどもあって、「そこまで」ではなかったとは思うが、それでも想像を遥かに超える「音量」となっていたのではないか、と思う。

 

驚いたのは、「第九」を知っている人ならば当たり前に知っていることだけれど、当然、途中何度も曲が揺れたり、音が無くなる、要は「スペース」が生まれる時がある。

 

普通のアンサンブルだと、その辺りは「安全に」インテンポ(テンポを揺らさない)だったり、「1.2.3.」とスペースにもテンポを持たせたり、要はある程度機械的な演奏になるのだけれど、今回は揺れるところは「普通に」揺れて、「間」も実に心地よい、要は全く不自然でない「間」になっていた。

 

これには驚きましたねえ。

 

更に言えば、オケだけでも驚きなのに、これに独唱や合唱まで加わっての「指揮者ナシ!」

 

 

途中、「誰がリードしているんだろう」と、思って、通常は全体をリードするコンサートマスターを見ていたのだけれど、特段指揮をしている=全体をコントロールしているような動きもなくて、要は全員が、一人一人が完璧にアンサンブルをこなしている。

 

音楽を揺らしたり、一旦音が無くなった後、「次」に音を出すのはメチャクチャ勇気が要るものだけれど、誰一人躊躇なく、要は確信を持って音を出して、曲を先に先に進めて行く。

 

こういう一体感や緊張感は「指揮者ナシ」だからこそ、なのかもしれない。

 

これが指揮者がいれば、もっと素晴らしい演奏になったかと言えば、それはそうとも限らないのだろうなあ、要は少なからず「緊張感」が削がれることになるから、に他ならない。

 

どういう練習や下ごしらえをすればこんなに素晴らしい演奏になるのか、番組の前半部分を観ていなかったのは実に痛恨の極みである。

 

ただ、メンバー一人一人がちょっとやそっとの力量では絶対にできなだろうし、通常のリハーサルのように、「1回通して終わり」と、いうこともあり得ないのだろうことは想像に難くない。

 

いやあ、久々に実にイイものを観せてもらった。